筆頭戦士のお仕事

 
「参った。私の負けだ」
仮面の奥からそう低い声がした。それが飛影が筆頭戦士になった瞬間だった。

 
***

 
「奇淋、なぜ降参した?」

闘技場に残っていた奇淋に軀は問いかける。先ほど飛影のナンバー2をかけた昇格戦が行われたのだが、二人とも軽傷のうちに奇淋は降参した。魔道本家である奇淋は得意の術で飛影を弱体化、そして自身を強化して肉弾戦を挑んだ。そのまま攻撃を続けていれば奇淋が勝つーーそう軀が思ったところで奇淋が降参を宣言したのだ。真剣勝負、命をかけてもらうのが直属戦士の昇格戦。返答次第ではそれ相応の事を奇淋にしてもらわなければならない。
そんなピリピリとした軀の空気を間近で感じ奇淋は一瞬怯んだがそこは長い間筆頭をしていた者、うやうやしくその問いに答えた。

「今日は勝てたことでしょう。でも明日は分からない。それに先日あった昇格戦で元ナンバー3の怪我が癒えず死亡したばかり。雷禅の死期が近い今、トップに近い者同士が争うのは国として如何なものかと」
「へー。そんな理由で降参したのか?」
「そうでございます」

暫く続く沈黙。自由奔放である軀がこの返答を良しとしない事を奇淋は予想していた。自分とてあんな若造にみすみす筆頭の地位をくれてやる気など無かった。ただ、今は自分が身を引いた方が対外的にもそして対内的にも都合が良いのだ。

「それにあやつが筆頭ということであれば、軀様が重宝しても誰も文句は言いませぬ」

奇淋はミンチになる覚悟でそれを提言した。実は奇淋自身頭を悩ませていたのだ。部下から聞こえてくる軀と飛影の関係を揶揄する話を。当の本人達は全く気にしていない。当たり前だ。そんな関係ではないのだから。ただ今後どうなるかは奇淋にも分からない。

「別に飛影とどうこうしようってつもりはないんだがな…… 今回は特別許してやる。お前がいないと面倒な事頼める奴いなくなるしな」

そう軀は言うと闘技場を後にした。残された奇淋はゆっくり座りこみ安堵のため息をつく。生きている。

「さて、どうなることやら」

昇格戦よりもこの賭けに勝った事に安堵する奇淋だったが憂いは晴れなかった。

 
***

 
側近用のシャワールームで一汗流したあと、飛影は軀の自室にくるよう呼び出された。筆頭になれば面倒な雑用で呼び出される事も減るだろうと思っていたが、そういう訳でもないらしい。
77名の直属の戦士の一員になって以降、軀は些細な事で飛影を部屋に呼び出していた。最初は雷禅の国で変わった事がないか見てみろとか、癌陀羅の武器工場の様子を報告しろとかそういう内容だった。だが最近は南に見える山の頂上にある木の種類はなんだ?とか東の湖の深さはどのくらいだ?とかその辺の部下に確認すればいいような些細なことまで聞いてくる。一番最後に呼ばれた時は『明日の天気は?』だった。そんなもの邪眼で分かる訳がない。そんな事にも嫌気がさして、飛影は自身でも分が悪いと分かりつつ奇淋に挑んだ。結果、何故か向こうが途中で負けを認めるという不戦勝扱いでナンバー2になってしまった。例え時間がかかったとしても実力でナンバー2になりたかった。イライラとした気持ちを抑え、飛影は軀の自室へと入った。

「これはこれは筆頭殿。これからよろしく頼むぜ?」

出迎えた軀は少し茶化すように飛影に声をかけた。

「フン、軀軍の筆頭は不戦勝でなるものなのか?舐められたものだな」
「奇淋には奇淋なりの考えがあるんだよ。悔しいなら実力で叩き潰せば良かっただろ?」

そう言われると飛影はもう何もいえなかった。

「それで用とはなんだ?天気は知らんぞ」

ぶっきらぼうにそう言えば、軀は包帯の下でクスクスと笑っているようだった。

「天気はもうお前には聞かねぇよ。雲や鳥の動きで天気が分かる奴がこないだ直属の戦士になったからな。お前はもう少しその見える目を有効に使った方ががいいと思うぜ。高い代償を払ってるんだからな」

人差し指でトントンと自分の額を指差しながら軀は飛影に話しかけた。

「フン、今度は説教か?」
「うちの筆頭なったからには、それなりの格はつけて欲しいってだけだ」

いつもの飛影ならば、そこで納得していただろう。ただ今日はいつもより鬱憤が溜まっていた。だから、いい負けるとしても何か言わずにはいれなかった。

「筆頭筆頭っと言うが、実際何をするんだ?貴様の横に飾りで立っていればいいのか?」

不戦勝で筆頭になった自分への戒めもこめてそう軀に尋ねた。

呪符と包帯で顔を覆ってる軀の表情は分からない。返ってきた言葉は飛影の予想とはまるで違うものだった。

「んー、オレの相手?」
「……手合わせのか?」
「…………手合わせか。そうだな。お前は筆頭だしな。手合わせして……ふ、く、くくく」

真顔で聞いてくる飛影に笑いがこみ上げてくるのを軀は必死に堪えた。が、その様子は包帯で顔を隠していても察することができ、馬鹿にされている事は飛影でも容易に分かった。

「なんだ?違うならハッキリ言え」
「……だからオレの相手だよ」

ポンポンと座っている寝台を叩いて飛影に説明する。その様子を不思議そうに見ていた飛影だったが、やがて顔が赤くなり目が泳ぎだした。

「知識はあるのか。安心したぜ。それにしても……、くく、ハハハハッ」

笑いが止まらない軀を飛影はうかがうようにみていた。
包帯の下に隠された軀の素顔が脳裏に浮かぶ。そして時雨との戦いの後に意識を通じて見た軀の身体。白い肌に焼けただれた半身、機械化された腕と脚ーー

「冗談だ。一部の奴らはそう思ってるってだけで筆頭だからオレの相手をしないといけないとかはない。今のお前の顔、面白かったぞ」

そう言うと軀はまた楽しそうにくつくつと笑っていた。一瞬だとしても自分が想像した事が見透かされたようで、それがまた少し飛影は悔しかった。

「手合わせの相手ならいつでもしてやる」

そう言うと軀の隣にどかっと腰掛けた。

「顔真っ赤にしながら言うなよ……くくく」

笑うのを堪えて軀が言えば、飛影はフンとそっぽを向いた。飛影の自室のベットよりスプリングのきいたそれは腰掛けてみたものの、どうにも落ち着かなかった。

「でもお前とならそれもアリかもな」

不意にそんな言葉が聞こえて振り返ったものの、そこには包帯と呪符で隠された軀がいて飛影はまた混乱した。

「貴様が何を言いたいのかたまに分からなくなる」
「そうか?筆頭だからそれは分かるようになってもらわないとな」

なんとも曖昧な返事をされた飛影は思わず舌打ちをした。

包帯に隠されたあの青い瞳は何を見ているーー?

不意に飛影は腕を引っ張られた。慣れないフワフワしたベッドにバランスを崩し、そのまま軀の隣で寝転ぶ状態になる。座ったままの軀が飛影を上から見下ろしていた。

「……むく…ろ?」
「筆頭だしお前、今日からここで寝ろ」

突然そんな事を言われて飛影は固まる。

「別に何もしなくていいぜ。お子様に手を出す趣味もないし、そもそも好きじゃない……」

そう軀が話すのに合わせてひらひらと呪符が落ちてくる。顔を覆っていた包帯がしゅるしゅると解けて、軀の顔が露わになる。
青い瞳が映すのはーー

「筆頭特権だ。お前好きだろ?でも寝る時しか素顔はみせないんだ」

微笑んでいる青の瞳から飛影は目が離せなかった。
そして飛影は思うのだ。
筆頭も悪くないーーと。

 

***

 

「巻いたぞ」
「……60点。見た目が悪すぎる」

包帯を巻いた軀の背後に立つ飛影はその感想に舌打ちをした。昨晩は筆頭特権という事で飛影は軀と寝所を共にした。もちろん何もない。目覚めた時に軀の素顔がすぐそこにあったのは何とも言えず不思議な感じがした。そして目覚めて早々に軀に頼まれたのだ。呪符を巻いてくれと。

「チッ、その馬鹿デカイ妖力を抑えこむように巻く身にもなれ」
「忌呪帯法の修練だと思えよ。だいたいお前の腕の巻き方、前から見てて気持ち悪くて仕方がなかったんだ。ちょっと腕貸せ」

そういうと軀はあっという間に飛影の腕を包帯で巻き上げた。その仕上がりには飛影も驚いた様子だった。

「一度に抑え込むんじゃなくて、数回巻く事で100%抑え込むように巻く。そうすれば身体に余計な負担もかからない。お前の巻き方は漏れたところを塞ぐように巻いてるから負荷もかかりやすいし、見た目もイマイチって訳だ。でも数年足らずでここまで巻けるなら悪くないと思うぜ。ということで頑張れよ」

そう言うと軀は真新しい包帯の束をいくつかとぶ厚い本を1冊飛影に渡した。それらを見つめながらボソリと飛影は確認する。

「……奇淋もお前の包帯を巻くのか?」
「?、なんだ急に。奇淋は忌呪帯法知らねぇから頼んだことはないな」
「……そうか。明日もお前のは俺が巻く」

そう言うと包帯と本を抱えて飛影は部屋から出て行った。

「変な奴……」

その背中を見送りながら軀は小さく呟いた。
出て行った飛影の口許が緩んでいた事を軀は知らない。そして軀自身も包帯の端に指を絡めながら微笑んでいる事に気づいてない。

 

 

END

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