可愛いヤツ

 

 

温もりを求めて伸ばした手は空振りに終わった。
意地になりモゾモゾとベッドの中で探し回るがいっこうに見つからない。どうやら既に抜け出しているようだ。
小さく舌打ちをして飛影はようやく掛布から抜け出して身体を起こした。少し肌寒い季節になってきたが上半身は何も身に纏っていない。
移動要塞百足の奥にある元国王の部屋。その部屋のベッドでまだ覚醒しきっていない様子の飛影はあたりを見回す。

「やっと起きたか?」

飛影が軀を見つけたタイミングで向こうから声をかけられた。
すっかり身だしなみを整えた軀はニコニコと微笑みながら飛影がいるベッド脇までくるとちょこんと隣に腰掛けた。

「人間界か?」
「あぁ、雪菜のところに行ってくる」

茶色のブーツをブラブラさせながら軀は答えた。デニムシャツワンピに首元には薄いショールを巻いてシンプルな装いだがすっきりと着こなしている。どこから見ても人間界仕様だ。

「……最近雪菜のところに行き過ぎだ。この前も行ったばかりだろう」
「そうか? 今日は料理を教えてもらうんだ。前向こうで食ったのが美味くてな。アドガボ…とかいうヤツだ。お前の分も持って帰ってきてやるよ」

名前を正しく覚えていない軀だったが、飛影がそれを分かる訳もなく、少し不機嫌そうにそうかとだけ小さく呟いた。

「なんだ? お前も行きたいのか?」
「オレが行く理由などないだろ」
「……いい加減兄だと名乗ればいいのにな」

頑なに名乗り出ない飛影に軀は呆れつつ肩を竦めた。雪菜自身が既に兄だと知っていると言ったらどんな顔をするのやら。人間界について行く気はないというのに、なおも飛影は何か言いたそうに軀を見つめてくる。軀が小首を傾げると観念したように飛影は口を開いた。

「最近周りのヤツらが煩い……」
「煩いって人間界に行くことか?」

人間界の往来なら飛影の方がよっぽど行っている。納得いかない様子の軀に飛影は少し考えてから口を開いた。

「お前が雪菜を寵愛してると……」
「ぶっ!?」

突然の飛影の発言に軀は思わず吹き出した。何より飛影から『寵愛』などという言葉が出てきたこと自体可笑しくて堪らない。
雪菜を寵愛っというとアレか? アレなのか?
一瞬の間に色々想像してしまった軀はそのまま盛大に笑いだした。

「……誰がそんな事言ったんだよ、ククク」
「奇淋……」

それを聞いてさらに軀は爆笑した。
「アイツはそういうとこ……、昔からちょっとズレてるんだよな……。ククク…、ハハハッ」

こうなるのが分かっていたから言いたくなかったのだ。
飛影はフンっとそっぽを向きながら軀が笑い終わるのを待つ。ようやく笑いがおさまり落ち着いた軀はしたり顔で飛影に近寄り話しかける。

「……それで、お前も真に受けて妬いたのか? こんな目立つところに跡をつけて……」

くいっと自分のショールをずらし首筋を飛影に見せる。
赤い小さな跡。
そこには昨晩の情事の名残りがしっかりと残っていた。

「こんな事しておいて焼きもち焼くとか、お前可愛いな」

つーっと人差し指で飛影の胸板をなぞるとニヤリと笑って軀は小さくキスをした。
気まずい表情の飛影とどこか嬉しそうな軀の目が合う。
飛影の手が軀の腰を抱き寄せて、軀はしっかりと飛影の肩に腕を回して。
二人はゆっくりと顔を寄せて唇を重ねた。

「元三竦みのオレが人間界に住む雪菜と懇意であるという事を広めたかったんだ。そうすれば……、氷泪石目的で雪菜を襲うヤツも減るだろ? 法整備するには……もう少し時間がかかるし……」

そう軀が話す間も飛影の口付けは止まらない。唇に。頬に。耳に──

「…っ、飛影……、お前いい加減にしろって……ん…」

再び唇を塞がれて、舌を絡ませて。

 ──不器用で言葉で伝えられなくて。
 ──それでも伝えたい想いがあるから。

ようやく解放された軀は頬を染めて、少し潤んだ瞳で飛影を睨んでいた。そんな軀を見て飛影は満足そうに口許に笑みを浮かべ、そして再び軀に顔を寄せて耳元で囁く。

 ──消える前に帰ってこいよ

あぁ、本当に可愛いヤツ。
お前以外にいないよ。こんな気持ちになるのは。
軀はぎゅっと強く飛影を抱きしめた。                         

 

 

 

<<了>> 

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