バレンタイン大作戦

(失敗した…)
その日何度目かになるため息を軀はついた。
目の前には黒い箱に赤いリボンがついた小さな箱。その箱を忌々しげに見てはため息をつく。
(そもそも孤光の口車にのったオレが馬鹿たったんだ。こんなのアイツに見つかったらなんて言われるやら…)
ことの発端は1日前に遡る。

****

「あたし、バレンタインのお菓子を手作りしてみたい!」
大統領府で恒例となりつつある孤光、棗、軀の3人による女子会の場で孤光は突然それを言い出した。
また何か変なこと言い出したと呆れ顔の軀と棗だったが、孤光はそんなのお構いなしに話し続ける。
「人間界にはバレンタインデーっていう愛を誓う日があるんだって。で、ユースケが住んでる国では、女性が男性に親愛の情を込めてチョコを贈るんだって!ね!面白そうでしょ?」
「チョコとかいう食いもんはあの黒くて甘いヤツだろ?」
「あれ、美味しいわよね。私好きよ」
一応話は聞いている二人である。
「ちょっとちょっと!チョコの話じゃなくてさ!女性から男性に贈るってところにアンタ達はロマンを感じないわけ?」
「「ぜんぜん」」
綺麗にハモる二人にがっくりと孤光は肩を落とした。が、このくらいでめげる孤光ではないのだ。
「あー!もう!!アンタ達に聞いたあたしが馬鹿だったわ!とりあえず作るったら作るんだからね!実はもう色々買ってあるんだ」
そういうとどこから取り出したのか大きな紙袋を二つ取り出し、袋の中身をテーブルに並べだす。銀色のスプーンや目盛りが書いてあるカップ、そして色々なお菓子の絵柄の箱が綺麗に並べられた。
「初心者向け用みたいで。この箱に入ってる材料を使えば簡単にお菓子が作れるんだって」
「それなら焼くか炒めるしか出来ない孤光でも出来そうね」
「…これ、他にも何か必要そうだぜ?」
ひとつ適当に箱を見ていた軀が呟く。
「あ、さっすが軀ね!向こうの言葉読めるのよね?」
「少しだけな」
飛影がちょくちょく持ち帰ってくる土産に書かれている文字が気になり、独学で日本語を習得していた軀。元々魔界の古文書や呪術書を読むのを得意としていた事もあり、今では飛影より漢字も読めるようになっていた。
「その辺も抜かりなく購入済みよ!冷蔵庫に入れてある。オーブン?って奴を使うお菓子も捨てがたかったんだけど、さすがにそれまで買うのは無理だったから今回はオーブンが無くても作れるキットを買いあさってきたわ」
「相変わらず行動力が凄いな。全部ひとりで調べたのか?」
「ユースケとユースケの彼女? 色々教えてもらったんだ」
再び顔を合わせる軀と棗。人間界の奴まで巻き込んで用意するとはさすがの孤光である。
「あとこっちの袋はラッピング用品ね。アンタ達が好きそうなデザインのものも買ってきたんだから感謝しなさい」
さらに大きな紙袋を取り出しゴソゴソと買ってきたものを並べだす。
「…孤光?えっと…、私達の分ってどういうことかしら?」
「え?棗と軀も一緒に作ろうよ。あたしひとりじゃきちんと作れるか不安だし。棗は料理上手だからこういうのも得意でしょ?」
「まぁ、料理は嫌いではないけど…」
「オレは料理作ったことないし、興味無いからパスな」
「ちょっと待って!軀もいないと作り方が読めないわ」
逃げようとする軀の腕をガッチリと握って離さない棗。その目は抜け駆けするなと訴えている。
「大丈夫大丈夫!料理初心者でも簡単に出来るヤツだから作ったことのない軀でも問題ないって。一緒に作ろっ!」
満面の笑顔で孤光はお菓子のキットを渡してきた。もはや軀に逃げる道は残されていなかった。
こうして女妖怪三匹のバレンタインお菓子作り大作戦は決行されたのである。

「棗、炒ると書いてあるんだが何をすればいいんだ?」
「あぁ、鍋に入れて焦げない程度に揺すってあげればいいわ。そうそう。軀上手ね。あ、ちょっと孤光!それ潰し過ぎよ。パウダー状というレベルを超えてるわ…」
「香りづけのお酒だから魔界のお酒でも大丈夫かしら?」
わいのわいの言いながらお菓子作りは続く。
軀は無難に混ぜるだけで出来るナッツとマシュマロ入りのチョコバーを棗に聞きながら確実に作った。孤光は王道のトリュフに挑戦するも、あれやこれやとトラブル続きで結局ほとんど棗が作ってるような形になった。そして棗は二人の世話をしつつもしっかり生チョコを作り上げていた。
「菓子作りってこうも性格がでるんだな」
さんざん棗に怒られていた孤光を見て思わず軀は呟いた。
「あたしももっと簡単なのにすれば良かったーー」
「そう言ったのに、こっちの方が可愛いから絶対これ!って言い張ったのは孤光でしょ…」
だいぶお疲れの棗がボヤく。なんやかんやあったが、三人とも達成感に満たされていた。
「さて、あとはラッピングだね!これはあたしの得意分野だから任せて!フフフ、どういうのにしようか」
名誉挽回と言わんばかり孤光が張り切ってラッピング指導をするのであった。

****

(確かに菓子作り自体はなかなか面白かったがな…)
前日の出来事を思い出し、軀は思わず口元が緩む。少し前の自分では考えられないような出来事だったがこういうのも悪くない。こうやって魔界もどんどん変わっていくのだろう。
(今度は人間界のオーブンとやらを用意してもう少し難しいのを作ってみるのもいいかもな…)
そんな事を考えていると、部屋の扉が勢いよく開いた。入って来たのはもちろん飛影。なんだか少し怒っているような様子である。
「軀、それは何処のどいつからの貰い物だ?」
サイドテーブルにある赤いリボンの黒い箱、バレンタインの菓子が入っているソレを指差して軀に問いただす。
「!?、これはその…、あれだ。あれ…」
「嘘をつくな!さっきから箱を見て何度もため息をついていただろうが!」
「お前、邪眼を覗き見してたのか?悪趣味め!」
「フンっ!、オレはお前を探していただけだ」
なんだかよく分からない勘違いをしている飛影に呆れつつも、完全に箱の存在に気づかれてしまった為、もう誤魔化す事は出来ない。軀は観念することにした。
「孤光達と作ったんだよ。人間界のバレンタインとやらの菓子を」
「ばれんたいん?あぁ、あの浮かれたイベントか。甘いヤツが食える」
「お前貰ったことあるのか?その…、女から男に贈ると聞いていたが…」
「ぎり?とかいって幽助たちから貰ったことはある。世話になってる奴にもやるみたいだぜ」
そう言うとドカッと指定席であるソファーに腰掛けた。
「義理か…、人間は面白いな。じゃあ、オレからお前にってことで。受け取ってくれ」
「………」
自分へのプレゼントとは思ってもいなかったらしい。かなり驚いた表情で飛影は固まっていた。
「お前には世話になってるし。なんだよ、いらないのか?」
「貰う」
さっと箱を奪うようにとるとそのまま上着のポケットにねじ込んだ。
「食わないのか?オレも一口食べてみたいんだが…」
「………」
何か言いたそうだったが、飛影はポケットから箱を取り出す。
「このリボンも箱もオレが選んだんだからな」
少し自慢げに軀が言うのを聞きながら飛影は箱をあける。その顔は少し赤いような気もする。箱の中には透明な包みでリボン状にラッピングされたチョコバーが五本入っていた。
「あぁ、一本はいらない。半分でいい」
軀に渡した一本は半分になって飛影の手元に戻ってくる。軀はもぐもぐとその半分を食べだす。飛影も受け取った半分を口に入れた。
「……塩辛いな」
最初に味の感想を言ったのは飛影だった。軀もそれは一口食べて気づいて思案していたところだった。自分の知っているチョコはもっと甘かったはず。
「こういう味の菓子なのか?」
「さぁ、どうなんだろうな。作り方は間違えてないと思ったんだが…」
そう、指定されたものを順に混ぜて固めるだけの菓子。間違いようがない。ただ、軀は知らなかった。無塩バターとバターの違いを。孤光が事前に用意していたのは無塩バターでなく普通のバターだったのだ。
「味見しなかったオレのミスだ。返せ」
箱ごと軀が取り返そうとすると飛影はひょいと箱を遠ざけた。
「もうオレのだ」
「さっき、塩辛いって言っただろ?」
「慣れた。食べれる」
そう言うと飛影はもう一本食べだした。
「お前でもこういうミスするんだな」
「料理はしたことが無いんだよ」
「そんな奴がなんでこんなの作ろうと思ったんだ?」
「孤光に押し切られただけだ。別に深い意味はない」
そう、深い意味はない。作らないと帰れない雰囲気だったし、棗も逃げるなと目で訴えていた。
でも作っているうちになんと言って食べてくれるか?なんて事も少しは想像した。ラッピングする頃にはもう渡す相手はひとりしか頭になかった。
これが親愛の情を込めて贈るということなのだろうか。
「やはり塩辛いな」
「だから食わずに返せと……んっ!」
チョコを取り返そうとした腕は飛影に捕まれ、身動きが取れなくなった軀はそのまま唇を奪われた。

塩辛いチョコレートの味。

「口直しだ」
そう言うと飛影はニヤリと笑った。

年に一度くらいならこういう日があってもいいかもしれない。
ハッピーバレンタイン。

END

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