タイムトラベル

「時を渡る鳥を知っているか?」

首すじに口づけを落としていると不意に話しかけられた。

「それは今しないといけない話か?」
「たまにはいいだろ?オレは別に逃げないぜ?」

逃げるも何もしばらくの間不在だった軀が悪いだろと思いながら名残惜しそうに飛影は身体を離した。

「この本に時を渡る鳥の事が書いてあってな、探しに行ってた」

寝台のサイドテーブルにあった一冊の古びた本を軀は手にとる。

「それで、見つかったのか?」
「せっかちな奴だな。時を渡る鳥だぞ?そう簡単に見つかったら魔界が大変な事になってるだろう?」
「それでどうしたいんだ?見つけたら過去にでも戻りたいのか?」
「別にそんなつもりはない… 未来は少しみてみたいかもな」

少し思案したあと軀は答えた。

「オレの死んだ後の魔界を見てみたい」

そう言った軀は怖いくらい美しく飛影を見て微笑んだ。

****

そんなやり取りをしたのが数日前。飛影は開けてはいけない箱を開いてしまったようで困惑していた。
ここ二、三十年、軀は人間を食べていない。たまに正規ルートで入手した人間の血を舐めたりして誤魔化しているようだが、やはり物足りないような事は言っていた。三竦みとして恐れられた雷禅が人間を食べずに栄養失調で死んだ事は有名な話で飛影も知っていた。それが目の前にいる軀にも言える事ではないのか?と思うと気が気ではない。
ーー100年くらいはなんともねーんじゃねぇのか?あのバカは人間以外食べれない特異体質だったが、オレはその辺の果物とか獣も食えるし。ただ、妖力は確実に落ちるだろうな。
以前軀に聞いた時はそんな事を言われた。それがどこまで真実なのか飛影は知るすべがなく、だからその話題はその時だけで一度もした事は無い。それなのに突然軀は自分の死後の話をした。しかもしばらく百足を留守にしたあとにそんな事を言い出したのだ。気にするなという方がおかしい。
そんなわけで、百足の物見台でパトロール中の飛影だったが、心ここに在らずだった。

「おい飛影、きちんと仕事してるか?」

背後から声がした。ここ数日の悩み事の張本人だ。

「今日はサボってない」

先日奇淋に小言を言われたのでとりあえず形だけは仕事をしている飛影だ。

「ちょっと試したい事があってな。手伝えよ。奇淋には許可取ってあるからよ」
「……」

奇淋は軀に甘すぎる。半ば強制的に飛影は軀に連れ出された。
百足から離れること数十キロ。荒野が広がる場所で軀は移動をやめた。

「この辺でいいか」

そういうと持っていた袋から本と棒を取り出し、本を見ながら地面に何かを描き始めた。

「時を渡る鳥はそもそも時空間の狭間で生きてるらしくてな。探すというより召喚するという方が正しいらしい。それで、古代語だったから読み解くの時間かかったんだが召喚する術までご丁寧にこの本に書いてあった」
「ずっと本を読んでると思ったらそんなことやってたのか?」
「ああ、お前も見てみたくないか?時を渡る鳥」

ガリガリガリっと地面に書きつける音がやけに響く。

「召喚術はお前も知っての通り、妖気を餌にする事が多い。この術もそうだ。オレは誰かさんみたいに腕を食われかけたりしたくねぇからな。念入りにアレンジしてみたんだが、正直うまくいくか分からなくてな…。よし、こんなもんだろ」

地面に幾何学模様と呪文を書き終えた軀は棒を投げ捨て、今度は荷物の中から大量の宝石を取り出してばら撒き始めた。

「これ、1個ずつにA級妖怪クラスの妖力が込めてある。オレの部屋に数百年放置してた石なんだが、オレの妖力を浴び続けてるからいい塩梅になってる。まだ部屋にいっぱいあるからあと2回くらいは出来るとは思う。黄泉のとこと戦争になった時に使うつもりで準備してたやつだが、使い道があってよかったぜ」

緻密だが大雑把な部分ある軀の術式はそこまで術に興味がない飛影でも思わず魅入ってしまった。

「あとこれ、お前持ってろ。オレが気を失ったりしたらその札破れよ。術が強制終了する」
「………」
「そんな怖い顔するなよ。自分が作った術式ならまだしも、元は他人が作った術だからな。念には念をいれる。この性格のお陰で三竦みと呼ばれるようになったようなもんだ」

そう笑いながら残りの作業も手早くすすめた。予め用意していた呪符を幾何学模様の外側に配置して準備完了だ。

「じゃあ、いくぞ」

軀が妖気を放出し始める。ばら撒いた宝石が光だし幾何学模様が空中に浮かび上がる。その中心が歪みだし、小さな穴があく。穴は渦を巻きながら徐々に大きくなっていった。
それは人間界と魔界を繋ぐ穴にも似ていた。軀は淡々と術を進めていく。

「くるぞ」

軀の声がした瞬間、穴の方から巨大な妖気を感じた。この妖気は軀や雷禅の旧友クラス。軀が術自体にあまり自分の妖気を使わずにいた理由を飛影はやっと理解した。召喚したものが好意的とは限らないのだ。
妖気が最大に迫ってくると術式の光であたりは真っ白になった。飛影は辛うじて邪眼で穴から何かが飛び出したのを確認した。
術式の光がおさまり周りが見える頃には、空中に開いていた穴は無くなっていた。

「さて、どこいった?」

術を終えた軀があたりを見回す。あたりには粉々になって砕けた宝石が散らばっていた。

「出てきたのは鳥には見えなかったがな」
「そうだな」

飛影の言葉に軀も相槌をうつ。

「妖気の規模が違うから分かりづらかったが…、お前にソックリだったな」

クスリと笑って軀が言った。
その言葉が合図となったのか、飛影と軀の前に人影が現れた。身構えた二人だが、その人物をみて驚く。
飛影は理解できず固まっていた。
軀は目の前の人物と隣の飛影を交互に何度か見る。
しばらくの沈黙。

「なんで飛影が二人いるんだ?」

小首傾げ、軀はすっとんきょうな声をあげたのだった。

****

「つまり、お前は未来からきたと…」

目の前に立つ二人の飛影をみて軀は溜息混じりに言った。

「信じられないが目の前にいるしな。それにしても鳥を召喚したはずなのになんで飛影が召喚されるんだ?これだから他人が作った術は…」

ブツブツと軀は呟いている。

「でも良かったな。未来では少し大きくなっているみたいで」
「ウルサイ」

ニヤニヤしながら軀は飛影を茶化した。そう、飛影が二人といっても実は微妙に違う。未来から来たという飛影は、飛影より頭ひとつ分背が高く、顔も若干妖艶さが増している。

「おいっ、貴様はなんで未来から来たんだ?」

これ以上茶化されたら面倒だと思った飛影は未来から来た飛影に話しかけた。

「用があった」
「未来のお前も相変わらず言葉足らずだな」

素っ気ない反応にすかさず軀がつっこむ。

「軀、お前は変わらないな」

そう言うと未来から来た飛影はフッと笑った。

「!?、おい、飛影なのに笑ったぜ?」
「…オレも笑う時はあるだろうが…」
「あんな余裕のある笑い方するお前なんてみたことねぇよ」
「チッ」

結局軀にいじられる飛影だった。

「あー、もうややこしいな。こっちは飛影で、お前は未来飛影な。未来飛影、どのくらい先から来たんだよ?」
「それは言えない。言いたくても言えない契約がかかってる」
「へー、面白いな。時を渡る鳥との契約か… じゃあ、大統領府はまだあるのか?」
「ある。…これくらいのことは言えるみたいだ」
「そうか。じゃあ…」

楽しそうに次々と未来飛影に質問していく軀。軀が未来飛影に興味津々な事が飛影は面白くなかった。未来の自分に嫉妬するというのも変な話だが……
近くの岩陰で飛影は不貞寝をすることにした。

どのくらい時間が経っただろうか。目の前に気配を感じ飛影は目を開ける。

「少し話がある」

未来飛影が立っていた。

「もう軀と話さなくていいのか?」
「時間があまりない」

そう言うと手に持っている淡い赤色の鳥の羽根を見せる。その羽根は上の方から少しずつ光の粉になって崩れ始めていた。

「これが全て消えたらオレは元の時間に戻ることになる。ついてこい」

そう言うと未来飛影は軀がいるところからだいぶ離れた場所まで移動した。飛影もそれに続いた。
この距離なら盗聴昆虫でも使わない限り軀には聞こえない。が、未来飛影はなかなか話しださなかった。痺れを切らしたのは飛影だった。

「そっちの軀は元気か?」

未来飛影の表情が固くなった。そして諦めたように話しだす。

「軀は…、いなくなった。死期が近いみたいな事を言ってふらっと出かけたっきりだ。邪眼でも見つけられん。元々アイツは結界に関しては右に出る者はいないからな。これから先も見つけることは出来ないだろう。それがアイツの最期の望みならオレは待つしかない」

未来飛影は淡々と話す。

「アイツの考えてる事はつくづくよく分からん。最期ぐらいオレが看取ってやるのにな」

過去の自分と対面しているからだろうか。目の前の男は饒舌だった。ずっと誰にも言わずこの男は過ごしてきたのだろう。我ながら不器用な男だと飛影は思う。

「それで過去に戻ったのか?」
「そうだ。言っておくが、軀の死期が来るのはずっと先だ。それは安心していい」
「ならなぜこの時代に?」
「軀にたくさん言ってあげて欲しい」
「何を?」
「お前がまだ伝えてないことだ」
「……」

飛影は思い当たる節があり、気恥ずかしい表情で未来飛影から顔をそらした。

「オレみたいに後悔するなよ。結局オレは最後まで言えなかったからな」

自嘲気味にそういうと未来飛影も黙りこくってしまった。
風が吹いた。
未来飛影の姿が一瞬歪んだように見え、妖気が揺らぐ。

「そろそろ時間のようだ」

未来飛影が手に持つ羽はいよいよ小さくなりほとんど形として残っていなかった。

****

「話は終わったか?」

戻ってきた二人に軀は声をかけた。

「ああ。もう時間のようだ」
「そうか。お前の話、なかなか面白かったぜ。酒の肴にできそうだ」
「オレが消えたらこの事は徐々に忘れる。無かったことになるそうだ」
「そうなのか?」
「時を渡る鳥と契約したものだけ記憶として残る」
「ふーん。なかなかめんどくさい仕組みだな。まぁ、暇つぶしにはなったぜ」

この会話を聞いて飛影はふと思う。だったら先程の会話は?
アイツは忘れられることをワザワザ伝えにきたのか?
本当はもっと別の目的があったのでは…
未来飛影と目があう。
ニヤリと笑うと、未来飛影は少し屈んで軀の耳元で何か囁き優しく軀を抱きしめた。
囁いた内容は飛影には聞こえなかった。
かわりに軀がみるみる顔を真っ赤にするのは飛影の方からもよく見えた。
軀が何か言おうとした時には未来飛影の姿は消えていた。
微かな妖気と光る羽のカケラが舞うだけだった。

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