内緒話

格子のついた扉に無数の呪符。その部屋に張り巡らされた結界はバチバチと音をたて触れたモノを拒絶した。
「これは思ったより厄介だな」
「本当にすみません。軀さんまで巻き込んでしまって……」
「いや、雪菜は悪くない。元々観光がしたいと言い出したのはオレだしな」
人間風の装いをしている軀はぐるっと部屋を見回し、ソファーに腰をかけた。結界の呪符が壁や扉に貼られているものの、ソファーやテーブルといった調度品はなかなかのもので、必要以上に危害は加えるつもりはないといった印象の部屋だった。
「高性能な使い魔が見ていたし、そのうち助けがくるだろ。それまで人間界の話をいろいろ聞かせてくれないか?」
そう軀がいうと、泣き出しそうな顔だった雪菜はニコリと笑って軀の隣へ座り話し始めるのだった。

***

その日、軀は念入りに身支度をしていた。着ている服はいつもと異なり紺色のシャツに白のガウチョパンツ、靴はウェッジソールのサンダルを履いていた。いささか戦闘には不向きな、まるで人間のようなその服装に飛影は思わず眉をひそめる。
「孤光達と人間界に行くのか?」
「いや、今回はオレひとり。誰かさんは誘っても断ったからな」
少し嫌味っぽく返す軀に飛影は数日前のやり取りを思い出す。たまたま大統領府で見た雑誌に人間界の観光特集が載っており、そこで紹介されていたとある建造物に軀は興味津々だった。『非力な人間がこんな高い建物を作るなら実際に見てみたい』そう瞳をキラキラさせて飛影に話しかけてきた。出来る事なら案内をしたい飛影だったが、彼自身人間界の人混みは苦手でありこういった観光地に行くというのはもってのほかだった。そもそも人間界にいる際は幽助や蔵馬達があれこれしてくれるという事もあり、率先して人間界を案内するということはした事がない。そういう事もあって返事を濁していた訳だが、軀はどうもその反応が気に入らなかったらしい。気がつけばそのまま売り言葉に買い言葉となってちょっとした痴話喧嘩に発展し、大統領府の壁に穴を開けるという事件になってしまった。あとで孤光にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
「幽助か蔵馬に案内してもらうのか?」
「いや、忙しいらしくてな。大統領府経由で案内してくれる奴を紹介してもらった」
「フン、お前の名前を出しても平気な奴がいるとはな」
「なんだよ、いちいち突っかかるなよ。もしかして、お前も行きたいのか?」
「別に」
そっけなく飛影は言うとマフラーに顔を埋めた。
『心配だからついていく』
その一言が言えればどんなに楽なものか。
そんな飛影をよそに軀は準備を終わらせる。
「じゃあ百足の事は頼んだぜ。そうそう、向こうで案内してくれる妖怪なんだがな……」
ニヤニヤしながら話す軀に、飛影は何か嫌な予感を感じた。
「氷女の雪菜というらしい」
それは紛れもなく飛影の双子の妹の名前だった。

***

「はじめまして。氷女の雪菜と申します。今日は一日精一杯案内させて頂きますね」
「あぁ、よろしく頼む」
目の前の少女妖怪がフワリと微笑む。色白の肌に紅い瞳がはえる。飛影の意識を通して何度か見ていた事もあり、初対面ながら軀はすっかり気を許していた。何より飛影の妹である。前々から直接話してみたいという思いはあったものの、飛影がことごとくその機会を潰していた。今回も出かけ間際に雪菜の名をだしたら急に目の色を変えていた。
「まぁ、目に入れても痛くないほど可愛いというのは少し分かるな」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。行こうか」

現在、人間界と魔界の移動に関しては全て大統領府が管理しており、決まったゲートからしか移動できない事になっている。また移動の際も個人を特定するカードが必要で、人間界に滞在する期間や理由も細かく管理されている。人間界に迷惑をかけないというルールが施行されて二十数年。気がつけば人間界の海外渡航のような仕組みが魔界にも出来ていた。軀自身は面倒臭いと思いつつもそのルールに従っていた。トーナメントの敗者だから仕方がないのだ。嫌なら勝てばいい。
「軀さん、こっちです!あっ」
人混みに押され小柄な少女が流されていく。慌てて手を伸ばして捕まえる。が、小柄なのは軀も同じ。人間界に来る際に妖力をほぼ人間と同等にまで下げられていた軀もそのまま人混みに流されてしまった。
プシュー。
電車から降ろされてしまった2人は乗るタイミングを逃したまま電車に乗りそびれてしまった。
「ふむ、人間もなかなかだな」
「ごめんなさい、私がもう少ししっかりしていたら……」
「まぁ、これもなかなか出来ない体験だ。それにしても、ここまで力が抑えられてるとは思わなかったな」
手をグーパーしながら軀は呟く。
「ふふ、それは軀さんが電車に乗りたいといったからですよ。人間との接触が確実にありますから。普段の力でさっきみたいな事になったら逆に大変だったと思いますよ」
「……確かに」
容易に周りの人間を吹き飛ばしてしまっている自分が想像できた。
「すぐ次の電車がくるので今度はしっかり乗りましょう!」
そう言うと雪菜は軀の手をとる。思わず固まってしまった軀に雪菜は微笑みながら
「今度ははぐれないように」
そう言うのだった。

ハニーブロンドのショートヘアが可愛らしい子とフワフワなワンピースが似合う水色の髪の子が手を繋いで歩いている。その光景は思わず魅入ってしまうものだった。
「おい、なんか視線を感じるんだが……」
「軀さんが素敵だからですよ」
「……なかなか言ってくれるな」
今の軀の姿は人間界観光仕様で、普通の人間や低級妖怪には半身の傷が分からない。氷女は戦闘能力は低いものの高等妖怪の為、軀に施してある変身の術は通じておらず、つまり雪菜はいつもの軀の姿を見て素敵といっているわけで、さすが飛影の妹だと軀は関心していた。
そんな思わず目をひく二人の観光は何度かナンパされつつもーー軀の鋭い眼光で大抵すぐ退散していたーー順調だった。高速エレベーターで雪菜が腰を抜かしそうになったり、展望室の透明ガラスの床で二人で無邪気にジャンプしてスタッフに注意されるといった事があったが、孤光の気まぐれなショッピングに付き合っている軀にしてみれば今日の観光はとても満足いくものだった。
最後に流行りのカフェでお茶をして帰ろうという流れになったその時、事件は起きた。
「……二人、三人か」
「軀さん?」
「雪菜、少し走れるか?」
「え?」
「行くぞ!」
雪菜の返事をする間もなく、軀は雪菜の手をとり駆けだした。
地理は分からない。人の気配が少ない方へとひたすら走った。慣れない靴で走りづらい。人気のない場所までどうにか来たが、軀達の目の前に大男が立ち塞がった。振り向くと後ろから追いかけてきた男達もジワジワと迫ってくる。
「氷女のお嬢ちゃん、手荒な真似はしたくないんだ。ついてきてくれるかな?」
氷泪石が狙いの連中か……、そう軀が思うや否や雪菜が一歩前にでる。
「……分かりました。でもこちらの方は無関係です。どうぞ私だけ連れていってください」
「!!、雪菜っお前っ!」
「残念ながらそうはいかねぇ。そっちの綺麗な顔した姉ちゃんも妖怪だろ? 一緒に来てもらおうか」
「……オレが綺麗に見えるのか?」
ぼそりと軀は呟く。
「あん?何を言ってやがる。オメーら、早くこいつら連れてけっ!」
リーダー格の男の指示に従い、手下の男らが雪菜を捕まえようと手を伸ばす。が、その手は軀が掴んで止めていた。
「手を出すな。お前らに攫われてやるよ」
凛とした声で軀は大男達に言い放った。

後部座席に遮光フィルムが張られたワゴン車に案内され、軀と雪菜は素直に車に乗りこんだ。あまりにも簡単に誘拐出来てしまったので手下の男は逆に不安がっていたほどだ。
「本当に大丈夫なんっすか?」
「あとは車で屋敷に連れてくだけだろ?屋敷には霊能師の奴もいるし何も心配もいらねぇ。車にも結界ってやつが張ってあるらしいしな。そもそも妖怪の奴らはオレらに手が出せねー。そういうきまりがあるんだと。ほら、早く出せ」
運転をする男はいまいち納得がいかないようだった。あの時掴まれた右手の手首にはくっきりと跡がついていた。
自分達はとんでもないものを相手にしようしているのではないか?
ぶるっと武者震いをし、男は車を走らせ始めたのだった。

***

「チッ、呑気なもんだ。くつろいでいやがる」
邪眼から見えた光景に思わず飛影は舌打ちした。
軀と雪菜が囚われた屋敷から少し離れた公園。陽が傾き始め、薄暗くなってきたその公園の木の上で飛影は二人の様子をうかがっていた。
軀が雪菜と人間界で観光してくると聞いてからこっそりとつけていた訳だが、なんと面倒な事になったものだろう。たぶん軀の実力なら妖力制御装置が施されている状態でもあの程度の者なら難なく倒せたはずだ。それをあえてしなかったのは理由があるはず。そもそも『手を出すな』は近くで見ていた飛影に対して言った言葉だったのだから。
監禁されてる部屋は呪符で結界がはってあったが千里眼で容易に中をうかがえた。隠す性質はない結界なのだろう。軀がいるので雪菜の心配はいらない。では軀は? たまに突拍子もない事を平気でするので多少不安がある。
(日が落ちたら助けに行くか…)
結界を解除するには圧倒的な力で内側から破るか術者を倒さなくてはならない。前者は妖力を抑えられた軀と雪菜では無理であり、必然的に後者の術者を倒すという選択になる。倒すだけなら簡単だが、人間がたくさんいる住宅街ということで穏便に事を進める必要があり正直めんどくさい。が、それが今の魔界のルールなのだ。飛影は溜息をつきマフラーに顔を埋め日が沈むまで休むことにした。

***

ふわりと紅茶の香りが漂う。部屋に用意されてあった茶葉はなかなか上等なものらしく、雪菜を歓喜させていた。
「こんな待遇は初めてです」
クスクスと笑いながら紅茶をいれる雪菜の様子を軀は少し複雑な表情で見つめていた。
「……よく捕まるのか?」
「最近は和真さんのおかげで、あ、私がホームステイさせて頂いている方のことです。その方が外出する時は大抵一緒なのであまりないのですが、たまに。でも和真さん凄いんです!すぐ見つけてくださって!」
「なるほど。それもあってこっちにその話がおりてこないのか」
「あ……、でも皆さまにご迷惑をかけるほどのことでもないですので……」
そう言うと雪菜はティーカップを軀の前に差し出し、自分もカップを持ってソファーに腰掛けた。
「もう少ししたら知り合いの山奥のお寺に行こうと思っていたんです。今回みたいな件もありますし、成長の速度が人間の方とは違うじゃないですか。同じところにずっと住んでるといろいろと言われてしまって。そろそろ限界かなと……」
俯き気味に話していた雪菜がふいに軀の方に顔を向けた。
「正体を隠さないですむ日はくるのでしょうか?」
赤い瞳が軀を見つめてくる。凛としたその瞳は軀がよく知る人物にとても似ていた。
「ふふ、今日初対面の方になんだか色々すみません。軀さんはその……、飛影さんとすごく仲が良いと聞いているのですが」
突然の話題に飲んでいたお茶を吹き出しそうになるのを軀は必死に堪えた。
「誰情報だ、それは……」
「幽助さんや蔵馬さんなんですが、ちがいましたか?」
「否定はしない。仲がいいと言われるとむず痒い感じがする」
そう言って紅茶を飲む軀を雪菜はくすくす笑いながら見ていた。
「飛影さんは優しい方ですよね。あれこれ言いながら妹の私のお願いも聞いてくださるから……」
一瞬の沈黙。
壁掛け時計の針がちょうど午後6時を指しゴーンゴーンと鐘の音を鳴らした。
「雪菜、お前は……」
「はい、知っています。でも内緒です。いつも知らないフリするのも大変なので軀さんならいいかなと」
ニコっと笑う姿は悪戯っ子のようでもあり少し寂しそうでもあった。
「飛影さんは言ったんです。『空飛ぶ城から捨てられたら生きてないだろ』って。その時は私も気づかなかったんですが、こっちで暮らすようになって色んな方とお話をするようになって分かったんです。大抵の場合、氷河の国をそんな風に言わない。標高の高い山奥だったり、結界に隠された秘境というイメージがほとんどなんです。あ、軀さんぐらいになるとご存知なのかも知れませんが……、でも忌み子である兄は捨てられたといっただけなのに空飛ぶ城から捨てられたというのは本人じゃないと知らないんじゃないかと思って。あとは長年皆さんと会話しててなんとなく……でしょうか」
そこまで話して雪菜はティーカップのお茶を一口飲み、小さく美味しいと呟いた。
「私が兄の立場でも言わないんじゃないかなと最近は思うようになったんです。見守れればそれでいいと。でも……、やっぱり少し寂しいです。だから兄の近くに軀さんのような方がいてホッとしています。私も人間界で元気にしてるので、兄によろしくお伝えくださいね」
「……お前たち兄妹は本当に変なところがソックリだな。そんなに思いあえる家族がいるというのが羨ましい」
呆れ気味に呟いた軀を雪菜がキョトンとした顔で見ていた。
「兄にとって軀さんももう家族なんじゃないですか?少なくとも私はそう思っていますよ」
家族?誰と誰が? 何を言われたのか分からず軀はしばらく固まっていた。目の前でニコニコと微笑む雪菜を見てようやく言われた事を理解すると口を手で塞ぎ顔を真っ赤にした。そんな軀の様子をみて雪菜はますます微笑む。兄のそばにいる妖怪が元三竦みと聞いてどんな妖怪なのかとずっと気になっていた。目の前の軀の姿はとても可愛らしく愛おしくて。気づけば二人して声を出して笑っていた。
「ということは、オレと雪菜も家族だな。考えたことなかったが悪くない。よろしくな」
力だけでなくきっとこういった無意識の発言が色々な者を魅了し三竦みとなったのだろう。数粒の氷泪石をこぼしながら、雪菜は嬉しそうに返事をした。

「さて、そろそろ待っているだけも飽きてきたな」
そう言うと軀は部屋の呪符を確認しながら部屋をぐるりと回り、とある場所でピタリと止まった。
「今回妖力制御装置を4箇所につけられてな。両腕と両足に1つずつなんだが……」
そう雪菜に説明するように話だした軀は左手で右肩あたりを何やら触り始める。バチン、バチンと金具が音が部屋に響く。
「オレの右腕、外れるんだよな」
そう言うと左手で思い切り右腕を引き抜いた。ブチブチブチと何かが切れる音がして、軀からの妖気の圧が増す。軀の左手にはぶらりと垂れ下がった右腕があった。驚いた雪菜が声をかけようとした瞬間、軀はその右腕を力一杯壁に投げつけた。
鈍い音ともに壁に1メートル程の穴があき、周辺の呪符がハラハラと落ちる。
「ただの金属なら結界も問題ないということだ」
満足げに軀は雪菜に微笑んだ。
「さっさとここから出る……」
『想定外の衝撃を感知した為、自爆モードを起動します。5、4、3……』
「!?、しまった、雪菜っ!!」
軀はとっさに雪菜を庇うように覆い被さる。結界を張るのは間に合わ……

ドォォォン!!!

屋敷のニ階の片隅が爆発し、もくもくと黒煙をあげたのだった。

***

ーーこんなはずじゃなかった。こんなはずじゃ……
その半妖の男は書斎の椅子に座り頭を抱えていた。今回の計画も完璧なはずだったのだ。自分の足がつかない下っ端を使って希少価値の高い妖怪を誘拐し、客に売りつける。今回の客のオーダーは氷女だった。その客曰く、いつもやっかいな人間の男がそばに居て近づけないからどうにかして手に入れてほしいという依頼だった。
何日か張込みを続けた末、ようやくターゲットが一人で出かけた。部下からその報告を聞き今日しかないと思った。結果、無事誘拐に成功。なぜかオマケに美人の女妖怪までついてきた。これはこれで商売に使えるだろうとほくそ笑む。
そして、いざ商品の受渡の為、モニター越しに商品を見せたところ客がいっきに青ざめた。
「あんた、なんて奴を一緒に捕らえてるだよ!ワシはまだ死にたくない、死にたくないぞぉぉぉ。この契約はキャンセルだ。前金はそのままくれてやる!!」
そう言うと数名のボディーガードを連れてそそくさと屋敷から去っていった。
何が何だか分からなかった。自分は半妖であるが、曽祖父が妖怪の類だった為自身はほぼ妖力が無いに等しい。霊力もない。親の代から知り合いだという妖魔街出身の結界師妖怪のおかげでどうにか今の仕事をしてこれた。そして実は結界師妖怪も数時間前に同じような事を叫んで屋敷から出て行ったのだ。氷女ではなく、このショートヘアの女妖怪を見て……
(なんなんだ、どいつもこいつもオレをこけにしやがって!!)
この女妖怪がなんだというんだ。こんな普通の人間みたいな容姿の妖怪なんぞ怖くもなんとも……
ふいに監視モニター越しの映像がボヤけた。まじまじと見つめていると先ほどまでのショートヘアの女妖怪と違うような見える。半妖の男は目を擦り、モニターに映る妖怪をズームで再度確認した。
顔の半分が焼けただれ、ギョロっとした目がこちらを見てくる。
「ひぃっ!!」
半妖の男は情けない声を出して、尻もちをついた。
不運な事にこの半妖の男は今しがた力が目覚めてしまったのだ。妖力制御装置で抑えられていたとはいえ、魔界屈指の妖怪に接する事で彼の中の古の血が騒いだのだ。慌てて金庫に向かい、重要なものを掻き集めボストンバックに詰める。
逃げなくては、逃げなくては。
天敵を前にした小動物のように本能で動く。
「おい、お前が結界師か?」
急に背後から声がして男は震え上がった。
振り向くと少し小柄な青年が立っていた。冬でもないのに黒いコートを着ている。ツカツカと歩いてくると、目にも見えぬ速さで何かを振り抜いた。
ボストンバックに刀が刺さっていた。
「結界師はどこだ?早く言わないと次はお前がこうなる……」
「知らない、知らないんだ。逃げられちまった。あんたはアイツらの仲間か?あの片目が気持ち悪い妖怪はなんなん……っ!?!」
ボストンバックに刺さっていたはずの刀が今度は目と鼻の先にあった。
「元三竦みの軀の事も知らんとはとんだ素人か?貴様は人間でないからこの場で消しても構わないんだが……」
鼻筋に刀が触れ、つーっと一筋血が流れた。
「ひぃぃ、許してくれ、オレは半妖で……、何も力はないんだ。知ってる事は全部話す」
両手を上げ、精一杯の許しを請う。青年が刀を収め、ようやく半妖の男は安堵のし息をついた。
「結界はあと数時間で効力がなくなるはずだ。あぁ、でもアンタなら結界師本人を先に見つけるかも…、っておい?」
「……妖力が上がった? あの馬鹿め」
先程までの無表情とは違う戸惑いの表情。そして黒いマント青年は姿を消した。
「……いったいなんなんだ」
呆けていた半妖の男がそう呟いた時、屋敷の奥から爆発音が響いたのだ。

***

「馬鹿か?お前は」
「助かったぜ、飛影」
もくもくと黒煙を上げて燃える屋敷から少し離れた公園に軀、雪菜そして飛影の三人はいた。
軀と雪菜はギリギリのところで飛影に助けられあの爆発から逃れたのだ。
「妖力制御装置を無理やりとろうとしたり壊そうとしたら爆発するようなモノにしたのはそもそもお前じゃなかったか?」
「そうだったか?まぁ、ほどほどの爆発力にしておいて正解だったな。黄泉の奴なんか半径1キロで爆発する規模のモノにするとか言ってたんだぜ?」
いつもの調子で飛影と軀が会話する。そんな二人の会話に雪菜が割ってはいった。
「あの、飛影さん。助けていただいてありがとうございました」
「フン、コイツのせいで迷惑かけたな」
「いえ!軀さん、とてと頼もしかったです!」
消防車やパトカーの音が聞こえてくる。何事かと屋敷の方へ集まっていく人影もちらほら見えた。
「思ったよりおおごとになったな」
「おおごとにしたのはお前だろ……」
「……」
飛影をにらみながら軀は咳払いをした。
「今回の件、呪符が魔界のものだった。妖怪の仕業は魔界でキッチリ蹴りをつける。雪菜は安心してくれ」
「ここにいた奴は魔界の事をろくにしらない半妖だったぜ。もっと裏に黒幕がいるかもな」
「そうか。思ったより面倒そうだな」
ふいに近くの空間が突如裂けた。
「雪菜さんっ!無事ですか!!漢(おとこ)桑原、ただいま迎えに参上致しました!!」
「和馬さん!!」
空間の裂け目から、桑原が登場していっきに場が賑やかになる。
飛影はやれやれとため息をつき、軀は興味深そうに桑原を見ている。
「雪菜さん!お怪我はないですか?え、飛影?なんだよ、お前また雪菜さんの前チョロチョロしてんのか??」
「ぶっ」
その発言に思わず軀がふきだす。
「任務だ……」
その声は静かだが怒気を帯びていた。
「今回の敵はどいつですか!あぁん?飛影の隣にいる妖怪か?貴様よくも雪菜さんを!!」
そう言いながら桑原は軀ににじり寄る。相手が元三竦みなどとは到底思っていない桑原は軀にメンチを飛ばしていた。
「違いますっ!和馬さん。この方は今日の私のクライアントの方で……」
雪菜が慌てて桑原を止め、必死に事情を説明する。
「へ?クライアント?一緒に攫われた??そいつぁー、失礼しましたっ!」
「ふむ、お前みたいな奴が雪菜のそばにいるなら安心だな。なぁ、飛影」
「……いちいちオレに話をふるな」
「向こうの方がやけに騒がしいけど、飛影オメーのせいなのか?浦飯と蔵馬に苦労かけさせんなよ」
「!!、断じて違う!どいつもこいつもっ!!」
飛影と桑原のやり取りを軀は楽しそうに見ていた。そこにパタパタと飛行型の小さな使い魔がやってくる。どうやら魔界側も後始末をする為に本格的に動き出したようだ。
「さて、オレらは帰るとするか。雪菜、今日は楽しかったぜ。今度はオレんとこ遊びに来いよな」
「ぜひ!」
「それと、どうしても人間界で生活するのが辛くなったらうちに来ればいい。大所帯だから一人増えるくらい気にならない。男所帯だから、むしろ雪菜みたいに可愛い奴は大歓迎だ」
その言葉に雪菜は目をパチクリさせ、そしてニッコリ笑った。
軀は雪菜の笑顔を見て満足そうに微笑むと、その場から飛影とともに去っていった。

「え、雪菜さん魔界に帰るんですか?」
二人を見送った桑原が恐る恐る雪菜に尋ねる。
「いえ、今のところはその予定はないですよ。さぁ、和馬さん、急いで帰りましょう。静流さんやおじ様が待っていますよ」
「!!、ですね!帰りましょう!!次元刀!!」
バリバリバリと桑原の手に次元刀が現れる。彼は気づいているだろうか?雪菜がらみの時に失敗した事がないことを。
次元の隙間を通って二人は家路に向かうのだった。

***

「軀、とりあえず色々言いたいことがあるんだが……」
「オレが悪かったよ。勝手に敵に捕まってみたものの思っていたより強い結界からでれなくなって、しまいには妖力制御装置爆発させたなんてな。孤光にも怒られるんだろ?気が滅入るな」
魔界へ戻る亜空間を二人は移動していた。さきほど通過したゲート管理人に厳重注意を受け罰金の書類にもサインをしたところだった。
「違う、オレが言いたいのは腕のことだ」
「? 結界ぶっ壊すのに使った事か?他に固そうなもの無かったんだよ。妖力でコーティングしたら結界に引っかかるし……」
「オレの助けを待てば良かったろう?」
「……」
「なんだ?」
「いや、お前に助けれらるのを想像したら少し笑えただけだ」
「フンっ」
「ん!?ひ、飛影?」
「遅い」
後ろについて移動していたはずの飛影に軀はお姫様抱っこで抱えられていた。
「おい、下ろせ!」
「今のお前のペースで移動していたら着くのがいつになるか分からん。さっさと行くぞ」
「く……、妖力制御装置ついてんだから仕方がないだろ……、でも、まぁ……」
ごにょごにょと最後の方は聞き取れなかったが、軀は暴れるのをやめて素直に飛影の首に手を回した。
「そういえば、雪菜に言われたんだがな。オレらは人間と共生できると思うか?」
「興味ない」
「お前、妹の事心配じゃないのかよ?」
「フン、雪菜自身が決めた事だ。オレがどうこういう問題じゃない」
「ふーん…、ちょろちょろしてるとか言われたのにな」
「……振り落とすぞ」
「出来るもんならやってみろ」
茶化す軀に飛影も応戦する。とはいっても飛影が敵うわけもないのだが……
「一度、大統領になっていろいろしてみるのも面白そうだよな」
「簡単に優勝する前提で話をするな、ムカつくヤローだ」
「ん?何か言ったか?」
もう口では勝てないと飛影は諦めのため息をつく。
「人間界だの魔界だのいちいち話が大きすぎる。周りに信じられる奴がいればそれで充分じゃないか?」
その言葉に軀は驚いて目を丸くする。
「……そうだな。でも、まぁ、お前の妹には幸せになって欲しいからな。やれる事やってみるのもいいだろ?」
「……勝手にしろ。いい加減口を閉じないと舌を噛むぞ。もう少しスピードを上げる」
ぐっと風圧が増す。と同時に飛影の体温を軀はさらに感じた。ささやかだが心地よい。雪菜にも幸せにそして笑っていて欲しいと思う。『内緒ですよ』そう言った彼女の笑顔が忘れられないから。

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