「悪かった」
「別にお前が謝る必要はないだろう?」
ベットの上で横になっている飛影が軀に謝った。
ここは移動要塞百足にある治療室。いつものように手合わせでコテンパンにされた飛影が運ばれた訳だが、今日はいつもとひとつだけ違う点があった。
軀の右腕がない。
そう、今回も気絶して負けた飛影だが軀の右腕が壊れるほどの善戦をしたのだ。何度も繰り返された手合わせの中で僅かに見つけた隙。そこを攻めた飛影だったが、軀が右腕に対する負荷を無視してカウンターをしかけてきた。結果、飛影は吹き飛ばされ軀の右腕も大破する羽目になったのだ。
「軀様、右腕ですがさすがにここまで損傷が激しいと某(それがし)では手に負えませぬ」
「スペアあったろ?」
「……それも先月壊して修理に出しているところで……。最短でもあと1週間ほどかかるかと」
「あぁ、そうだったな。1週間か…… もう一本くらいスペア増やした方がいいか?」
少し考え込む軀に時雨がすかさず話しかける。
「軀様、以前から話している生体技術を用いた義手をそろそろ検討してもいいのではないかと。そちらであれば、某も専門ゆえ百足内でいろいろ対処が出来ます」
「その話はなしだ。下がっていい」
「はっ」
ピシャリと軀に否定され時雨はその場から離れた。
「なんの話だ?」
二人の会話をボンヤリと聞いていた飛影が軀に話しかける。
「ん、腕の話。俺の右腕は機械だろ?激しい損傷はここでは治せない。ただ、俺の腕を作った技術も今じゃだいぶ時代遅れらしくてな。もっと本物に近い義手の技術があるからそれにしてみないかと時雨に言われてるのさ」
「本物に近い方がいいんじゃないのか?何がそんなに嫌なのか理解出来んな」
「前にもいったろ?この右半身はオレの誇りだと」
「オレは右腕がない状態のお前を見る方が正直我慢ならん」
「飛影……」
しばしの沈黙。
「少し寝る」
「あぁ、またあとでな」
背を向けて横になる飛影を見て軀は治療室をあとにした。
*
「クソっ、やはり右腕がないと面倒だな」
着替えをしていた軀はひとりぼやいた。
数百年前、右腕がないのは当たり前だった。自分でも片足片腕がない状態で良く生き延びたと思う。逆に腕と足が無かったからこそ、それを補うべく術に長けたともいえる。雷禅と張り合う頃には、腕のいい技師を見つけ義手と義足を作らせた。もちろん軀という身の上は隠してだ。年老いた技師である妖怪は、魔界統一トーナメントで軀の姿を見て腰が抜けるほど驚いたという。
機械の半身。軀自身なぜそこまでこだわるのか分からなかった。戦闘においても本物に近い腕や足の方が優位なはずだ。そして飛影の相手としても……
それでも自分はこの機械の腕と足が良いと思ってる。
チリチリと胸が痛む。
何に?
何に怯えてる……?
生身の腕。生身の体。玩具奴隷時代の自分がチラついてーー
「軀」
「飛影!?、お前もういいのか?」
「だいたいは……」
突然呼びかけられ慌てふためく軀をよそに飛影はふらふらと歩いてくる。
「おい、もう少し横になってた方がいいんじゃないのか?骨何本か逝ってるだろ?」
「あそこのベットは固くて好かん」
そういうと軀の前までやってきた飛影はおもむろに手を差しだす。
「服、着れんだろ?手伝ってやる」
「別にボロボロのお前に手伝ってもらわなくても平気だ」
「その服、脱がないで破りそうな勢いだったぞ?腕上げろ」
失礼な奴と思いつつ内心考えていた事をズバリ言われ、おずおずと軀は左腕をあげた。飛影はそのままシャツを勢いよく引き上げて脱がせると、新しいシャツを頭から被せた。
「……」
「下は自分でやるからいいぞ」
飛影は安堵の表情を浮かべて軀に背を向けその場に座り込んだ。
「それにしてもお前、ちょっと過保護じゃないか?」
左腕と両足を器用に使いながら着替えをする軀は飛影に話しかける。
「右腕の隙をつくような攻撃をした自分に腹がたってる」
「弱点をみせたオレの責任だろ?」
一撃必中。戦ったものは生きて帰れない。そんな戦闘スタイルでもある軀は自分の弱点を気にしない。弱点を知られたところで圧倒的な力でねじ伏せてきたからだ。何度も何度も同じ相手と手合わせをしている今の状態の方が異常なのだ。
「むしろそこまでお前が強くなったかと嬉しいくらいだ」
そう言うと背を向けてる飛影の背後から思いきり抱きついた。
「隙あり」
「っ!?」
突然のことで驚いている飛影に軀は満足げに微笑んだ。
「お前に腕壊されて思っていた以上に悔しくてな。戦闘バカがうつったかな? 次はないからな」
「フン、望むところだ」
そう言うと、今度は飛影が身を翻し軀を両腕でガッチリと抱きしめた。まったく予想していなかったその行動に軀が目をパチクリさせていると、耳元で声がした。
「足りない」
何の話かさっぱりわからない。戸惑っている軀を察して飛影がさらに続ける。
「片腕じゃ足りないから、治るまではオレからしてやる」
飛影の両腕に力がこめられたのが軀にも伝わった。
「何だよそれ。腕があってもしろよ」
軀はクスクスと笑いだす。
「機械の腕もオレは嫌いじゃない」
「ん……、分かってるぜ?お前いっぱい右腕にキスしてくるもんな」
ボソリとそう言った飛影に軀は優しく応えた。
ーー右腕がない状態のお前を見る方が正直我慢ならん
遠い過去の自分を想って言ってくれたその言葉。右半身が誇りだといっても意識を通わせた飛影には隠せなくて。
そんな優しさに軀は今日も溺れるのだ。
*
一週間後。
毎回着替えを手伝いにくる飛影に軀がうんざりしはじめた頃、ようやく修理した義手が百足に届いた。
技師が修理したーーほぼ新しく作ったといってもいいーー腕を時雨が軀に繋げる。神経を繋ぐ瞬間の痛みは相変わらず慣れない。
「そうだ、時雨。義手のことなんだかな、しばらくこのままでいくからもう新しい腕の話はするなよ。今の技師のじーさんが死んだ時ならまた考えてやる」
「はっ、軀様がそう仰るのであれば」
「世話かけてすまないな。飛影もこっちの腕の方が好きみたいでな」
「ほう」
意味ありげに時雨は飛影の方を見る。
「!?、おい、軀っ!お前何を言い出す!」
「?、何ってお前この腕好きなんだろ?」
「いや、好きは好きだが……そういう事はベラベラと喋るな」
「ほほう」
時雨の視線がさらに痛い。いたたまれなくなった飛影はツカツカと軀の前までくると右手を掴んだ。
「手合わせをしろ」
「まだ妖気が馴染んでないからさすがに無理だぜ? あ、ハンデが欲しいのか?」
ニヤニヤと笑う軀に思わず飛影は舌打ちをした。
ふいに掴んでいたはずの手が解かれ軀から飛影の手を繋いできた。
不敵に微笑むその姿はいつもの軀で。
本当にかなわない。とびきりの女だーー
繋いだ手に力を込め、飛影は軀と治療室をあとにした。
終


