<1 出会い>
ーー生きて戻ってきてちょうだい
そう言われて氷河の国から放り投げられた。生き抜く自信はあった。ただ、この状態は今の自分ではどうしようもなく多少焦ってはいた。
***
見渡す限り白銀の雪原に一人の妖怪が大の字で仰向けになっていた。顔はぐるぐると包帯で巻かれ呪符が何枚も貼られている。包帯の隙間からギョロリとした目が見える。この妖怪こそ三竦みとして恐れられてる妖怪の一人、軀であった。
普段は移動要塞百足の最奥の自室に篭っている事が多いのだがその日は単独行動をとっており、こうして雪原に佇んでいたのだ。
誰もいない雪原。
チラチラと降り始めた粉雪をただただ見ていた。
空を見ていた軀の視界にふいに黒い影が見えた。妖鳥の類いだろう。バサバサと羽を羽ばたかせて空を飛ぶ。
ふいに軀は起き上がり、雪玉を作るとその鳥めがけて勢いよく投げた。妖気でコーティングした雪玉は妖鳥を簡単に貫通する。ギャアァと妖鳥は一声鳴くと貫通した衝撃で身をよじり、そのままバランスを崩し地面へと落ちていく。そしてその鳥から切り離されたかのように別の塊もゆっくり落ちてきた。炎をうっすらと纏ったその塊。ふわふわと落ちてくるそれを軀は思わず受けとめていた。
「……赤子?」
そう落ちてきたのは赤子だった。まだ生まれて間もないであろう赤子が包帯でぐるぐる巻きにされていたのだ。包帯には高等な術がかけてあり、軀の興味をひいた。
「目つき悪い奴だな」
思わずそう呟いてしまう程、赤子は可愛いとは言いづらい顔をしていた。包帯の隙間から小さな手がでてる。その手には乳白色の淡く光る石の首飾りを握りしめおり、興味本位でそれに触れようとすれば、指を噛まれ赤子は炎をだして威嚇してきた。
「っつ!分かった、分かった。とらねーよ。オレがいなかったらお前鳥の腹の中だったんだからな。さて、このまま捨て置くのもアレだな……」
辺りを見回し、近くに倒れてる身の丈以上の妖鳥の脚をひょいと持ちあげて背負う。片手に妖鳥、もう片方には赤子。一国の王とは思えない姿だが、そんな事を気に留める事もなく軀は歩きだす。
「ん?寝たのか?大した奴だ」
片腕に抱えた赤子がスヤスヤと眠りだしたのを見て思わず軀は呆れて笑った。
この赤子こそ氷河の国で忌み子という理由で投げ捨てられた赤子だった。妖鳥に食われなかったのは不幸中の幸いだろう。
忌み子である赤子は生まれる前から目が見え耳も聞こえていた。そしてこの見知らぬ妖怪に運ばれながらどうするべきなのか考えていたのだ。
とりあえず、ある程度大きくなる必要がある。せめて一人で歩けるくらいには……
そんな事を考えて、心地よい揺れを感じながら眠りについたのだった。
***
「軀様、それはどういうおつもりで?」
「今日の晩飯。調理をしてもらおうと思ってな」
自慢げに背負っていた妖鳥を話し相手に見せる。
「いや、そっちの話ではなく反対の手の中のモノです。赤子のように見えるのですが……」
「おぉ、さすが奇淋。話が早い。鳥がくわえてたんだよ。で、生きてるみたいだから持ち帰ってきた」
奇淋と呼ばれた男が呼び寄せた部下がテキパキと妖鳥を運んでいく。仮面をつけており表情は分からないが、奇淋は頭を抱えていた。
「コイツ面白いんだぜ。これ、引っ張ってみろよ」
そう軀に言われ、奇淋はおずおずと手を出し赤子が持っている石を引っ張ろうとした。
ゴォォォォ。
盛大に炎が出た。軀は笑うのを必死に堪えながら、黒こげの仮面姿になった奇淋に話しかける。
「な、面白いだろ? まだ赤子なのになかなかの妖気だ。育てたらいい側近になりそうだと思わないか?」
「軀様が直々にお育てになると?」
「そんなところだ」
奇淋は側近の中でナンバー2の位置にいる筆頭戦士である。百数十年程務めている為、軀の補佐的な事も数多くこなしてきた。突拍子もない事を良く言う方だと理解していたが、さすがに子育てをすると言いだすとは思ったこともなく動揺を隠せなかった。
「……非戦闘員に乳母になりそうな者がいないか確認しておきます」
「あぁ、助かる」
「軀様」
「ん?」
「……いえ、何でもありません。失礼致します」
奇淋は何かを言いかけたが、そのまま頭を下げて軀の前から下がった。
うねうねとした長い通路を一人歩く。非戦闘員が住むエリアまでやってきて奇淋はようやく事態を把握し思わずため息がでた。
数日前、年に一度の陰に入りこまれる時期で数名の部下をミンチにしている。その後に子育てをするといいだすのだ。本当に気まぐれなお方だ。
「部下をミンチにされるよりはマシか……」
もしかしたら、この直々育てた赤子のおかげで何かが変わるかもしれない。そんな小さな期待もこめて奇淋は乳母探しに奮闘するのであった。
***
この軀と呼ばれた妖怪がどうやらここのトップの奴らしい。
赤子は周りの反応で理解した。
うねうねとした通路を通っている間、いろんな奴が頭を下げてきたからだ。
つきあたりの扉をあけ部屋に入る。大きな寝台が一つある部屋。赤子は少し乱暴に寝台の上に寝かされた。
「さて、とりあえずこの呪符解いて着替えさせるか」
そういうと鼻歌まじりに楽しそうに呪符を解いていく。
「へー、男か。って、あつっ!おい、お前もう少し妖気を抑えろ。オレの寝床が燃えるだろ?それにそんなずっと放出しっぱなしだとお前死ぬぜ?」
赤子はその言葉を聞いて少し顔を傾げた。が、呪符を解いた身体からは炎の妖気が絶えることなく放出されていた。
「制御がまだ出来ないのか。手のかかる奴だ」
そういうと軀は赤子を抱きかかえ小さく印を切る。
「身体を小さく丸めるように気を抑える。小さく小さく……」
抱きかかえた赤子の背中をポンポンと叩きながら語りかける。放出された炎の妖気でチリチリと服が焼けていたが、気にもせず軀は続けた。
「小さく小さく……、そうだ。もっと小さく……」
ようやく赤子自身が妖気を制御出来た頃には一刻ほど時間が経っていた。軀の上着は半分ほど焼け落ちていたが当の本人は気にもせず、焦げてしまっていた顔の包帯を勢いよく引っ張った。
しゅる……
隠されていた顔が露わになる。
ギョロリとした右目、焼きただれた顔。しかしその反対側の顔は色白の肌に整った目鼻立ち、そして蒼い瞳。赤子も目が離せずにいた。
「こんなにすぐオレの顔見れる奴はいないからな」
そう悪戯っぽく赤子に言うと、少し大きめのタオルで赤子をぐるぐる巻きにした。
ふわふわで気持ちよく、妖力を消耗した赤子はうとうとしてくる。
「名前決めないとな。さて……」
赤子を自分の目の前に見えるよう抱えて顔を見ながら軀は悩む。
「黒い髪…、鳥が運んできた……」
ぶつぶつと言いながら軀は考える。そしてしばらくしてニッと赤子に笑いかけた。
「お前の名前、飛影にする」
これがオレと軀の出会いだった。
continue……

